カテゴリ:雑記( 7 )

諦めたら・・・だめだね!

もう絶対無理だと思う事、趣味のカメラ、それも大きな望遠レンズを抱えて鳥を撮影する事、
結構険しい山道や雪深い農道へ行くために、車も四駆にした。

2015年に手術してから、足に急にブレーキがかかることがあるから、一人で出かけることに自信がなくなった。こればかりは家族に付き合ってもらうことは出来ない。
なぜなら、長い時間、鳥を求めてそれだけの動きをするから、趣味ではない人には耐えられないし、嫌な顔されて待たれても、気持ちが焦って写真どころではなくなるから。
ならば同じ趣味を持つ友人と一緒にとも思うけれど、マイペースでなければ動けない私は、相手に迷惑をかけてしまうし、気を使わせてしまうのは嫌なんだ。

以前は北海道から沖縄まで、季節によって、その時々の野鳥を探し求めた。日本海の孤島にも行ったし、アメリカのヨセミテ国立公園、ハワイやグアム、サイパン、バリなどでも撮影した。

今はカメラにカビが生えぬようにたまに手入れしたり、新宿のニコンプラザでお掃除してもらってはいるが、果たして使うことがあるのだろうか・・・
寂しくなったなぁ~

諦めた瞬間に道は閉ざされるよね、諦めちゃいけない!
体の事が一番だけど、何か色々な家族の雑事に振り回されて・・・
でも、これは全て、自分へのの言い訳かもしれないね。
「よーし!」って思うけれど・・・まだ体が動かない。
でも、これで終わらせはしない、!

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        マヒワの雄(右)と雌(左)水浴び、3年前の撮影



by bluebird-redbird | 2017-03-17 16:46 | 雑記 | Comments(0)

自転車

私が生まれて育った東京だけど、30~50代くらいまでは、田舎暮らしだったから、その間の事はよく分からないが、
この10年余り東京でも暮らすようになって、一番驚いたことは自転車の多さです。
まるで、北京!!
都内はスーパーや医療機関やその他の施設などに駐車場がないから、あっても有料だから、どうやら自転車を足とする人が多いのだろうなぁ~!
それに、都内で車を持つことは高コストだし、公共の交通機関がこれほど網羅された都内では、車は必要ないかもしれない。

私の都内の住まいは川越街道(254号線)沿いのマンションだから、エントランスを出るとすぐ歩道、何度か自転車にぶつかりそうになった。エントランスを出るとかなり幅の広い歩道だから安心してしまうのが大間違い、自転車のほうも歩道だからという安心感からか、結構飛ばしている。
反応の鈍いおばさんには、要注意なのです。

ところが最近、自転車ナビマークなるものが車道の端に描かれ、そこを走ることを勧めているようです。これは、義務なのか・・・ただのお勧めなのか・・・

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私のようなどんくさい歩行者にとって歩道から自転車を排除できれば、安心して歩けるから助かるが、自転車の人は怖いんじゃないかなぁ~
背中側から車がビュンビュン来ては追い抜いていく、大型のトラックやバスともなれば、すれすれを通り過ぎていくかもしれない、
それに道路の端はゴミが溜まっていることが多いし、排水のために多少傾斜しているので走りづらい。
私も子供が小さい頃、自転車を使っていたから、よく分かる。


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いずれにせよ、東京の交通事情は大変だ!
お役人さんが、あの手この手を考え出しても、
所詮、車の人も、自転車の人も、歩く人も注意・注意しかないのかもしれないなぁ~~~





by bluebird-redbird | 2017-03-14 09:00 | 雑記 | Comments(2)

仙台の牛タン

今日は、用事の帰り道に、池袋駅東口にある宮城県県のアンテナショップへ寄ってきました。
東北の震災以来、意識的に寄るようにしている、店頭には募金箱もあり、少しは復興に関われるかな・・・?と思ったりして(*_*;

今日は、笹かまぼこと牛タン、買ってきました。
いつも不思議に思うのだけれど、牛タンが仙台名物になったのっていつ?
私が初めて仙台へ行ったのは中3の修学旅行(東北1周の旅)の時だったけれど、確かその時は、松島の観光船で、松尾芭蕉も「ああ、松島や、松島や」とただただ感嘆したという美しい島々の風景を見ながら笹かまぼこをかじった思い出は鮮明にあるのだけれど、牛タンなんてキーワードは目にも、耳にもしなかったなぁ~
まして、仙台の牛タンはほぼアメリカ産と聞く、なぜ仙台といえば牛タンとなったんだろう?

調べてみると、細かいことは割愛して、仙台の牛タンは、一人の和食料理人の情熱と戦後の食糧難の時代が生んだ名物だったということ、昭和50年代頃から仙台駅周辺の飲食店が「仙台名物牛タン焼き」と謳ったことから、世に広まっていったとのことです。

なるほど、やはり私が中学の頃には一般的には仙台牛タンは知られてはいなかったんだ、納得した!
             

           ねぎしの牛たん
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ここは、東京周辺でチェーン展開している牛タン店「ねぎし」
私は池袋や新宿店によく行きます。
牛タン、テールスープ、とろろ、麦めし、そして漬物は青唐辛子の味噌漬け、これが定食の定番です。

私は歯が悪くなって、最近は柔らかい白タン厚切りを選びます。美味しいです!


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by bluebird-redbird | 2017-03-12 17:31 | 雑記 | Comments(2)

3.11から6年経ちました。

6年前のあの時あなたはどこにいましたか?
私は山梨の家にいて、何も被害がありませんでした。でも、怖いほど揺れましたよ!

東京の家にいたオットォ~は仕事から帰宅すると、靴箱から靴が飛び出して、本箱から本が飛び出して、食器棚から食器が落っこちて割れて散乱していたそうです。
冷蔵庫が、少し前に飛び出していたそうです。
そして、自宅マンションの下の幹線254号線は帰宅難民の行列が一晩中たえることはなかったそうです。

当時我が家の長男が宮城県の角田市に赴任していて、心配でしたが、内陸部であるから、連絡が入るまで待つことにしました。後日談ですが、何日かは車で寝泊まりし、避難所でおにぎりをもらうなどしていたそうですが、職場の点検などを済ませてから、車で、少ないガソリンを残量を計算しながら友人何人かと乗り合いで栃木辺りまで脱出、実家に戻ってきたのは1週間後でした。


東北の震源の方面の方々はどれだけ恐ろしかったことでしょう、想像すらできませんが、考えるだけで身震いしてしまいます。
地震、その後の津波、あの地獄の光景を私たち目撃者は一生忘れることはありません。
当事者の方々の気持ちはいかばかりでしょう、愛する肉親を亡くし、友を亡くし、
私は、慰めの言葉を持ちません。
心より、ご冥福を祈らせていただきます。
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私は、特別な信仰は持ちませんが、東大寺の大仏様をお参りした時、
『大仏様の右手は恐れを取り除く、左手は救いの意味を持つ』と聞きました。
きっと大仏様が現れて、怖くはないよ、幸せの彼岸へ連れて行ってあげよう!と言って、
苦しみを取り除き、心平安のうちに、眠りに誘ってくれたんだと信じていたいです。

この地震に伴う原発事故の事も決して忘れてはいけないと思います。科学の進歩に傲慢だった人類への警鐘ではないでしょうか。なのに又、原発を再開・・・何と人は愚かな生き物なんでしょう!





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by bluebird-redbird | 2017-03-11 17:40 | 雑記 | Comments(2)

遠藤周作の「沈黙」に思う事

マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」を観てきました。2度目です。
遠藤周作の「沈黙」は中学の頃から何回か読み返しました。後年、篠田正浩監督の映画「沈黙」もTVで観ました。
今回はアメリカで製作された「沈黙 サイレンス」が、神の沈黙という問いかけにどういう答えを提示してくれるかという事に興味深々と言った心境だったのです。

神はなぜ沈黙を続けるのでしょう・・・あなたのために阿鼻叫喚の苦しみを味わっている信者をあなたはなぜ助けないのですか? 神はいないんじゃないの? キリスト教は信じるに足るの?
でも、それなら、なぜクリスチャンである遠藤周作が、こんな小説を書くの?
識者という方々から見ると、実に幼稚な疑問かもしれないけれど、私はずっとこの疑問を胸に抱き続けてきました。

あらすじを映画のパンフから抜粋ーーーーー
『舞台は17世紀、江戸初期の長崎。幕府による激しいキリシタン弾圧下で、捕らえられて棄教したとされる宣教師フェレイラの消息をたどるべく、弟子の若きポルトガル人司祭2人が危険を冒して日本に潜入する。そこで目にしたのは、隠れキリシタンに対する想像を絶する仕打ちや拷問だった。司祭の1人ロドリゴは、これほど多くの殉教者の血が流れているのに、それをただ見つめているだけの神の存在に、次第に疑問を抱くようになる。そして、長崎奉行の井上筑後守が語りかける「棄教すれば、信者を助けられる」という言葉に、固い信仰心が揺らいでいく…。』

宣教師フェレイラも棄教していたし、ロドリゴも棄教するのです。


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相変わらず、私には分かりませんでした。神の沈黙をどう捉えるのか、神は残酷、無慈悲ではないか?

私は小学校から高校までカトリックの学校で教育を受けました。キリスト教の勉強もカリキュラムにありました。
尊敬する神父様やシスター方もたくさんいらっしゃいます。なのに、キリスト教の信仰を素直に受け入れられない原点が、この「神の沈黙」という問いかけだろうと思います。

殉教する意味はあるのか、踏み絵は踏めばいい、十字架もマリア像も持たなくていい、自らの心の内にだけ信仰をもてばいい、決して声を出さずの祈りをささげればいい、
神はなぜ、漁師や農民達、貧しき信徒の心にそうした考えを与え、実行させなかったのか、
それが神の声であり、神の導きではないのか・・・
私はそう思った。
日本に、キリスト教の迫害の歴史、悲惨な歴史がなかったとしても、やがて信仰の自由が
えられただろうに・・・

初めて小説「沈黙」を読んだ時から、今回の映画を観ても、相も変らぬ私の疑問、
自分は弱いと悩みながらも、結局神を裏切り、迫害を逃れてきたキチジロウこそが、本来の人間の姿であろうし、誰も非難できないと私は思った。

つい最近、カトリック神父故粕谷甲一氏のこんな文章を見つけましたーーーーーー


『貧しい農民や漁民たちに、「信仰を守り抜く。神の愛を証する」という不動の信念があったとは思われません。彼らは、自分の弱さを知って、父である神に助けを求めただけなのです。そのとき、彼らの体に、雲仙地獄での拷問や穴吊るしの責め苦さえ乗り越えさせるほどの力が宿りました。おそらく、彼らは自分自身でも、自分に拷問を耐えぬく力があるとは思っていなかったでしょう。彼らは信念の強さによって殉教したのではなく、弱さのゆえに殉教の恵みを与えられたのです。
逆に、たくさん勉強して日本に送り込まれた信仰のエリートであり、自分の信仰に自信を持ってさえいた神父たちの中に転んだ人たちがいました。そのことは、殉教が人間の力によって成し遂げられものではないことを示しています。「信仰が強いから殉教した、信仰が弱いから転んだ」ということではないのです。信仰は、彼らの力ではないからです。殉教者たちが偉大なのは、自分の弱さを神の手に委ねたということに尽きます。弱さを信念の力で乗り越えようとした人は転び、弱さを神の手に委ねた人は神の力によって殉教の恵みを与えられた。そういうことでしょう。』

ちょっと衝撃でした、それでも、私にはすべてを理解できないのだけれども、もっともっと視野を広げて考えなければいけないんだと気づかされる一文でした。

また、何か考えが変わった時に続きを書くかもしれませんm(__)m



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by bluebird-redbird | 2017-03-05 09:52 | 雑記 | Comments(0)

写経 から思うこと  

私は時々写経をする。般若心経を!
262文字のお経に秘められた小宇宙なんですって。
でも私には、内容はさっぱりわからないけれど、とてもありがたいお経のような気がしますね。
「色即是空・空即是色」というところだけは、自分なりに「あらゆる物は実は実体のないものであり、実体のないものこそが物の正体である。」なんて勝手に解釈して、物欲にとらわれてばかりいる自分を自戒している、それも漠然とですが・・・
何はともあれ、半紙より少し大きな写経用の紙を広げ、墨を擦り、小筆に墨を付け、一文字一文字、ゆっくりと書いていく、もちろんお手本を下敷きにして書くから、間違いなく仕上がる。
書いている間の静寂、無心・・・が心洗われる気がする。
書き終わると、必ず声に出して全文を読み上げ、清浄な心で生きていけるようにと願いを込める。
『清浄な心』で生きるというとなんて言う偽善者野郎!と思われるかもしれない、事実、現実の私は極めつけの自分勝手人間、だからこそ清浄な心に憧れるのです。

宮沢賢治のように、
『・・・欲はなく
決して怒らず
いつもしずかにわらっている
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず・・・』のような生き方をしたいし、

マザーテレサは「心の静けさを得るために」の中で、
『全ての自分本位の考え、憎しみ、恨み、妬み、欲張りを避け、心、魂、精神力において、神を愛し、神が愛するように人を愛する。』と言っているように、
平穏の心をもって暮らしていたいのです。


60を超え、祖父母や親、親族、友人、私の愛する人を何人見送っただろう、少しづつ
自分の番が迫ってる事を感じるようになると
若い頃は馬鹿にしていた精神世界を大切にしたいと強く思うようになったのかもしれない。


私には決まった宗教はない。
代々の菩提寺は日蓮宗、都内の寺の墓所には年に数回お参りするし、本山身延山へも、さらに奥の院へもお参りに行く。
四国お遍路にも行きたいといつも考えている(まだ実行は出来ていないけれど)。
写経して心の平安を求めている。
小学校から高校までをミッションスクールで過ごしたことから、神父様やシスター方の言葉にも心動かされる。
神社へ行けばお賽銭を上げ、お願い事もしてくる。

・・・・・・・・・・・
こんな事書いてはいるが、折に触れて悪魔の声に惑わされ、自分が良ければ、我が子さえ良ければ的な行動が出てしまう、虚栄心が強く、妬み深く、負けず嫌いで、時には卑怯で、自分を顧みず何でも他人のせいにする。あ~~~何と嫌な自分‼

最後の瞬(とき)を微笑みをたたえて逝くために、これからの人生を過ごしていきたいと思っているんだけど、その道は険しそうだなぁ~


日本水仙、これも庭に植えっぱなしにしているので、年々花が少なくなっていきます。
今年こそ、球根を掘り起こして植え替えしてあげないと・・・
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by bluebird-redbird | 2017-03-02 10:54 | 雑記 | Comments(0)

タイトル『脚下照顧』について

脚下(足元を)照顧(照らし顧みる)って言葉に初めて出会ったのは、確か山本周五郎の「モミの木は残った」を読んだ時だったと思う。
NHKの大河をきっかけに読んだのだけれど、その中に出てきて心に掛かった言葉が「脚下照顧」高校2年の頃だった。
何でも新しもの好きの私は、高校の卒業アルバムの寄せ書きに書いた気がする。
含蓄があって、シンプルで、インパクトのある言葉だと思って選んだのだけれど、仲間たちからは「なにこれ?」的な評価しか受けなかったことを覚えている。アハハ・・・

もともと禅の言葉で、他人の批判をしたり、周囲の事をとやかく言う前に、自分の過去の言動を見つめ 直してよく考えるべきであるという意味なのだけど、私は17歳で知ったその言葉をいまだに全く実践できないでいる、情けないなぁ~

いつだったか、だいぶ前の事、料理屋さんのトイレで、男便器の前に「脚下照顧」の張り紙がしてあった。お~~~なるほど、綺麗に使おうね!ってことだよね。
これは使えるって考えて、その後、我が家の玄関の片隅に「脚下照顧」の張り紙をしてみたが、当時中高生だった子供たちの脱ぎ捨てた靴の散乱ぶりは相変わらずだったんだ。

冗談はさておき、私も終活の年齢に差し掛かり、我が足元を見つめなおしてみたい、
少しづつ人生の総括しなきゃかなぁ~と思って、久しぶりにブログを始めてみようと思った。

書きたい気持ちが溢れる時もあれば、ボーっとしてる日もある、気儘な日々だから、日記のようになることのほうが多いかもしれない。
それでも目に留まって読んでくださる方がいらしたら、一期一会の縁となるか、短期のお付き合いとなるか、それとも長いお付き合いの縁となるか、神のみぞ知るところかな・・・
どうぞよろしくお願いします。

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庭のクリスマスローズが咲いたよ!






by bluebird-redbird | 2017-02-28 20:38 | 雑記 | Comments(0)

日々の日記のようなものと64年生きてきた人生の振り返りのようなもの byゆかぷー


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